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軍歌

どの国でも軍歌と言えば兵や国民の士気を高める目的で勇ましい雰囲気のものが多いと思います。

フランス国歌であるLa Marseillaiseが元々軍歌であることは有名ですが、これもフランス革命戦争でフランスがオーストリアに宣戦布告した際に軍人が作った曲です。

日本で有名な軍歌は軍艦行進曲を筆頭に"月月火水木金金"や"出征兵士を送る歌"、"敵は幾万"などがあります。これらはまさに士気高揚に効果的だっただろう軍歌ではありますが、一風変わった軍歌も昔はありました。

雪の進軍というのがそれで、軍歌のくせに厭戦的な雰囲気がにじみ出ています。

  1. 雪の進軍氷を踏んで
    どれが河やら道さえ知れず
    馬は斃(たお)れる捨ててもおけず
    ここは何処(いずく)ぞ皆敵の国
    ままよ大胆一服やれば
    頼み少なや煙草が二本
  2. 焼かぬ乾魚(ひもの)に半煮え飯に
    なまじ生命のあるそのうちは
    こらえ切れない寒さの焚火
    煙いはずだよ生木が燻る
    渋い顔して功名噺(ばなし)
    「すい」というのは梅干一つ
  3. 着の身着のまま気楽な臥所(ふしど・寝床)
    背嚢(はいのう・布や革で出来た背負うタイプの鞄)枕に外套かぶりゃ
    背(せな)の温みで雪解けかかる
    夜具の黍殻(きびがら)しっぽり濡れて
    結びかねたる露営の夢を
    月は冷たく顔覗き込む
  4. 命捧げて出てきた身ゆえ
    死ぬる覚悟で吶喊(とっかん・鬨の声を上げて突撃すること)すれど
    武運拙(つたな)く討死にせねば
    義理にからめた恤兵真綿(じゅっぺいまわた・戦地に差し入れられた防寒具)
    そろりそろりと頚(くび)締めかかる
    どうせ生かして還さぬ積り

雪の進軍が作られたのは日清戦争があった明治28年。この頃はまだまだ軍も寛容だったんですね。

しかし日中戦争の時代になると、こんな歌詞じゃダメだと軍が最後のどうせ生かして還さぬ積りの部分をどうせ生きては還らぬ積りに変えさせました。

さらに対米開戦すると、歌うこと自体を禁止しました。

一方、これよりも4年前の明治24年に作られた敵は幾万は歌詞が今の時代からするとかなり過激で、大東亜戦争時の大本営陸海軍部発表時の曲として終戦まで使われ続けました。ちなみに海軍部発表時は"軍艦行進曲"、陸軍部発表時は"抜刀隊の歌"でした。

  1. 敵は幾万ありとても すべて烏合の勢(せい)なるぞ
    烏合の勢にあらずとも 味方に正しき道理あり
    邪はそれ正に勝ちがたく 直は曲にぞ勝栗の
    堅き心の一徹は 石に矢の立つためしあり
    石に立つ矢のためしあり などて恐るる事やある
    などてたゆとう事やある
  2. 風に閃く連隊旗 記紋(しるし)は昇る朝日子よ
    旗は飛びくる弾丸に 破るることこそ誉れなれ
    身は日の本の兵(つわもの)よ 旗にな愧(は)じそ進めよや
    斃(たお)るるまでも進めよや 裂かるるまでも進めよや
    旗にな愧(は)じそ耻(は)じなせそ などて恐るる事やある
    などてたゆとう事やある
  3. 破れて逃ぐるは国の耻(はじ) 進みて死ぬるは身の誉れ
    瓦となりて残るより 玉となりつつ砕けよや
    畳の上にて死ぬことは 武士の為すべき道ならず
    骸(むくろ)を馬蹄にかけられつ 身を野晒(のざらし)になしてこそ
    世に武士(もののふ)の義といわめ などて恐るる事やある
    などてたゆとう事やある

特に3番は戦場で死ねと歌われており、雪の進軍と比べるととても同じ時代の軍歌とは思えません。

今では軍歌は街宣右翼が大音量で流すくらいでしかなかなか耳にしませんが、結構いい曲もあると思います。思想的に、ではなくて曲調などで、ですよ。

しかし街宣右翼のせいで「軍歌=極右」というイメージが出来上がってしまい、大変残念なことだと思います。

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