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阪神・淡路大震災から14年

早いもので、今日で阪神・淡路大震災から14年になります。私が中学生の時に発生しました。

大きな被害があった兵庫県南東部とは違って私は大阪府に住んでいたため、直接的な被害は本棚に飾っていた埴輪の形をした陶器の置物が落ちたのと、家具が若干動いたくらいで大したことはありませんでした。

しかし、本震で叩き起こされた後、ゴゴゴゴという地響きとともにやってくる大きな余震には、家族みんなが恐怖したものです。

私が中学校へ登校する8時過ぎくらいには、テレビで報道される死者の数は200人くらいでした。また、神戸の街がまるで空爆にでもあったかのような有様になっているヘリからの映像を見て、これはとんでもないことになったと衝撃を受けました。

学校はコンクリートの壁の一部が砕けるなどの軽い被害があったものの平常通り授業がありました。しかし断続的な余震には教師たちも恐怖し、ほとんど授業にならなかったと記憶しています。

学校から帰ってテレビの報道を見ると、死者の数が2000人を超えていました。10倍です。

友人の中には親戚が神戸にいるということで水や食料などを届けに行った人もいましたが、とにかくひどい状況だったと言っていました。三宮へは車で1時間もあれば行けるのですが、当時は道路も鉄道も寸断されて半日かかったといいます。

この震災以後も日本では大規模な地震が何度も発生しています。しかし被害がこの震災に比べると格段に少なくなっているのは、震災が神戸という大都市直下で発生したということもあるでしょうが、耐震性が強化された建築物が増加し、震災の教訓などが生かされている結果だと思います。

震災はとんでもない悲劇であったことは間違いありませんが、その教訓を忘れないようにしていくことが、亡くなった6434人の方々へのせめてもの慰めになると信じたいものです。

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-コラム